ねむのき

 

今日は、新しいカメラのレンズを

購入したので、

ちょっと、近所の花を撮りに行ったのです。

 

新しいレンズが、どんなものか

試してみようかと思って。

 

だけども

この被写体に、この新しいレンズは

妥当じゃないなあと思って、

 

従来使っているレンズで

ねむの木の花を撮りました。

 

思った通り、

このレンズで、よかったんだ。

 

 

咲いている花もあり

今から咲こうとしている花もあり

そして、役割を、終えたのか

枯れてしまっている花もあり。

 

それぞれの花に

それぞれのドラマが展開しています。

 

生きているんだなあと思いました。

 

この後、雨がポツリと

降り出したので、

新しいレンズの試し撮りは、

お預けになりました。

 

 

 

 

 

 

 

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普段やらなかったこと

 

 

今日は、部屋の神棚の掃除をしました。

 

普段は、まったく手も付けないような場所。

 

日々お祈りしたり、榊や水をかえたりはするけど

 

ちゃんと、いろいろと、おいてあるものを、のかして

掃除するなんてことは、めったにない。

 

最初は、ああ、めんどうくさいなあと、思うけど

 

意外にやってみると、

止まらなくなり

結構楽しくなってくるものである

 

こういうとき、普段は、あまり観察しないものを

観察してしまったり、

 

そこで、新たな発見があったり、

知らなかったことを、知ったりするのです。

 

私は、掃除が好きかといえば

そんなに、好きなほうでもない。

 

だけども、敢えてやってみると

気持ちがいいし、楽しくなるものであって

 

それが、自分の記憶に刷り込まれていく。

 

大事なのは、そこである。

 

だから、普段あまり興味のないことや、

めんどうなことを、

気持ちが、心が、伴なわくても

 

やってみるのは、いいのかもしれない。

 

普段使わない脳を、使うこともあるし、

考えないことを考えるかもしれないのである。

 

それは、自分の幅、興味のが幅が

広がっていくのに繋がっていくから。

 

やり始める動機なんて、どうでもいいのである。

頼まれたから、でも、

誘われたからでも、何でもいいと思う。 

 

新たな可能性を、なんだか、そこに

見出してしまうのである。

 

だからといって、

 

あなたも興味のないことを、

やってくださいと言っているのではないし

そんなことを、言うつもりもない。

 

いろいろな考えや、意見も、あるだろうし。

 

ただ、感じたことを

淡々と書いてみたにすぎません。

 

ただ、今日は、神棚の掃除を、

することで、

ああ、いい時間の使い方をしたなあと

それで、何か得があるわけでもないのに

思ったわけです。

 

 

 

 

 

 

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草刈り

 

私が住む熊本和水町では、

集落ごとに区役というのがあって、

それぞれ多少の違いは、あれども

年に何回かの集まりで、

近所のお宮さんの掃除や草刈り、

正月には、どんど焼きなどがあったりします。

 

かくゆう私も、区役で、半年に一回

草刈りがあって、それに積極的に参加しています。

 

その草刈りには、私にとって

課題があって、

それは、草刈り機の機械を扱って

草刈りができるようになること。

私の住む区には、もう

ほんとうに、ご老人ばかりで

若い人の、手がなかなかなくて、

48歳の私が、一番の若手なのです。

だから、できれば草刈りの機械で

草を刈れるようになりたいと、

密かに思っていました。

 

 

この三年、私は、草刈りに参加しているものの、

隣保の方々の優しさで、

私が農家の育ちではなく、こういった草刈りのような

作業になれていないことを、考慮して

あまり、無理をさせないよいうにしてくれたのです。

 

なので、ほとんど草刈った後の

ゴミ拾いだとか、鎌で、ちょっと刈ったりとか

その程度のことを、ずっとしていました。

 

ところが、この私も、やっと

草刈り機で、草を刈れるようになり

今年の五月にあった区の草刈りで

はじめて、草刈り機を借りて

草を刈りました。

 

こんなことが、できるようになったのも

私が今、通勤している

老人施設内で、草刈りの手伝いを、した際に

機械の取り扱いかたや、刈り方などを

教えてもらったからです。

ほんとうに、おかげさまです。

 

これで、少しは、区役の草刈りに

貢献できるというものです。

 

まだまだ、へっぴり腰で、

決して上手とは、言えませんが。

 

 

 

 

ここで感じたことは、

経験したことが、ないことを

経験して、習得することの楽しさです。

 

生きていくうえで、こういうことを、

楽しいと感じる姿勢って

必要だなあと思いました。

 

 

 

 

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配置換え

 

私は、3カ月間、老人施設のデイサービスの、

送迎運転手の仕事をしていましたが、

 

見事に、配置換えになり、

 

今は、認知症の専門棟の中で

洗濯や食事の下げ善などの

雑用の仕事を、しています。

 

というのも、やはり、あまりにも

ひどい方向音痴と

運転技術の未熟さが、災いして

どうも、仕事としてやっていくのは、

無理だったようです。

 

とにかく道を、覚えるのが苦手。

田舎町の集落の裏道とメインの大きな道が

 

どことどこで、つながっているとか

細かいところまで、覚えるなどというのは

わたしにとっては、本当に至難の技なのです。

 

ですから、私は、よくぞ

三か月間、頑張ったものだと

自分のことを、褒めています。

 

そして今の雑用係は

どうやら、私にはむいているようです。

 

私は思うのです。

雑用すら、できない人に

一体何ができるのだろうと。

 

そもそも仕事というものに、

雑用なんてものは、ないのでは。

 

どんな一見たいしたことが、ないような仕事でも

ひとつひとつ、大事なのでは、ないでしょうか。

 

なので、私は、今、雑用の仕事を

ありがたく、させていただいています。

思えば、結婚前は、掃除洗濯炊事などの家事を

まったく、していませんでした。

 

そういうのを、するようになったのは

結婚してから。

おかげで、今の仕事

家事の延長線上のような感じで

こなせています。

 

私が、こんなふうに変化していて、

よかったなあと、つくづく思います。

まあ、しかし家事というものは、

ほんとうに、大変な重労働です。

 

馬鹿になりません。

そんなことも、わかるようになりました。

 

今、こんなふうにパートで、

老人施設で、雑用の仕事をしていること

これも、私が詩人写真家、高瀬賢太郎として一本立ちする

プロセスなんだなあ。

 

そんなふうに、思って

日々を、なんか、ありがたく過ごしています。

 

 

今まで.jpg

 

 

 

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思わぬ出会い

 

 

私は、一応車で、いろいろなところに、運転していきますが、

相当の方向音痴で、道をなかなか覚えることが、できません。

が、それにもかかわらず、

介護施設のデイサービスの送迎、運転の仕事を、

パートでするという、無謀なことをしています。

 

このことについては、過日ブログでも

書きました。

 

「2月の新たなるスタート」

 

 

そんなことをしながら、写真と言葉の作品を

制作する日々を、過ごしています。

 

昨日は、なんともいえない出会いがありました。

 

 

私は、方向音痴なので、送迎の際、

利用者のご老人の方々が、ときおり、

道を教えてくださることがあるのです。

 

デイサービスを、利用されているご老人は、

わりと、頭がしっかりされている方が

多いので、助けられることが、多いのです。

ありがたいことです。

 

 

道を、教えて頂き、お世話になった

ある、ご老人を、施設内で、おみかけしたので、

御礼を言いに、ご挨拶にいったのです。

すると、そのご老人は、

かつて、写真館のお仕事をされていたことが

ある方だったのです。

 

写真の修正をしたり、証明写真など撮影していたそうなのです。

ただ、そういった商売では、これからは、食べていけないと

判断して、地元に帰ってきたのだと、言うのです。

 

 

 

 

私の祖父もかつて、熊本市内で、写真館を経営していて、

そして、私の父も、パンフレット写真を撮る仕事をしていて、

そして、私も、写真を仕事にしています。

 

 

 

 

 

私は、運転送迎とはいいながら、つい、この間まで、見習いで、

助手席に乗って、道を覚えていたのです。

 

「自分で、運転していかんと、なかなか道は、覚えられんからなあ、

俺も、そうだからなあ。」

そう言って、やっと最近ハンドルを握るようになって

いまひとつ、道がわからない私に、

いろいろと教えてくださったそのご老人との、

出会いに、なんだか不思議なご縁を感じました。

そして、その出会いが、

うれしかったです。

 

何が起こるかわからない、

日常を過ごしています。

 

日々いろいろと、感じることが

起こるのですが、

なかなか、作品制作やら、日々の生活やらで、

ブログを、触る機会がないのですが、

日記みたいに、私の日々を、書いていけたらいいなあ、

と思う今日この頃です。

 

 

 

 

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生きるは重い

 

わたしは、今、熊本和水町自宅のご近所の、

老人福祉施設で、デイサービスに通われる利用者の方々を

車で送迎する仕事を、しています。

 

このブログで、前述したとおりです。

 「2月の新たなるスタート 」

 

 

まだまだ、慣れないところもあり、

大変だったりしますが、そんな日々の中、

感じたことがあります。

 

いろいろな方と、この仕事をはじめて

数週間ですが、出会いがあり、

日常の生活を、普通に送るのに

大変なんじゃないかなあって方を、

間近で、見ることになる機会も、ありました。

 

私に仕事を教えるために

一緒に行動をする、先輩の運転手の方が、言いました。

「この人は、生きるために、こうしているんだよ。」

 

生きるって言葉は、本当に重いんだなあ。

 

 

生きるってことは、重たくて

死ぬってことは、まだまだ怖くて。

 

 

 

そんなことを、思いました。

だからこそ、一日一日を、しっかり生きよう。

 

こういう仕事に携わることがなければ、

体感できなかったこと。

 

 

 

 

 

 

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お洒落を語ってみる

 

最近、妻の美子が、外出するときだけではなく、着物を

家の中でも、普段着として着るようになりました。

 

熊本の和水町の我が家で、毎週金曜日に

美子が、始めた、着物の着付け教室も

どうも、好評みたいです。

参加されている、みなさんが、すごく楽しんでいるのが

私にも、伝わってきます。

 

詳しくはこちらのブログをご覧ください。

和水きもの教室

 

 

今まで、私は、着物をよーく間近で、見る機会に恵まれなかったのです。

だけど、こんなふうにして美子が着物を着る姿を、

そばで見ていると、本当に着物とは、

お洒落で、奥が深いんだなあと思います。

 

 

 

 

洋服の世界だと、柄と柄の、組み合わせって、

違和感があって、ほんとに難しいんです。

 

だけど、着物だと、なんか、こう違和感なく

いろいろな組み合わせができるので、

幅の広さを感じます。

 

そして、私も、着物を着てみたくなるのです。

 

よく着こなすという言葉を、耳にしますが

着物こそ、その言葉がふさわしい気がします。

 

なんか、体で着ている、っていう感じがするのです。

 

締めるところをしっかり締めて、

整えるところは、しっかり整えて、

だけども少しは、遊びをきかせる。

 

まじめに着こなせば、

姿勢が、整ってきそうです。

 

これは、着物に限らず、スーツや、

その他もろもろの洋服にも言えることだと思います。

 

着物を着た、美子と一緒に

行動を共にすると、

いろんな人が、「綺麗だねえ。」とか、「素敵ですねえ。」

とか、言ってくれます。

横でそれを、きいている私は、

うれしくなります。

 

今、着物を普段から、着ている人というのは

少なくなっています。

だから、着られていない着物というものが

溢れかえっていると、聞いています。

 

だけども、美子は、そんな着物たちを

しっかり活かしてくれているように、思えます。

だからでしょうか?

美子のところに、次から次へと

着物が引き寄せられて、舞い込んでくるとういう

事態になっているのです。

 

ちなみに、私のほうにも、

ありがたいことに、セーターやら、マフラーやらが

少しづつですが、引き寄せられてくるようになりました。

 

お洒落をすることは、やはり日常生活において、

楽しい気持になれるのは、間違いないです。

 

 

 

 

 

 

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美味しい時間

 

 

私は、日々、よりよい詩を書き

よりよい写真を撮り、よりよい書を書き、よりよい作品を制作すべく

日々精進しながら、

熊本は和水町という、小さな田舎町で夫婦で、暮らしています。

 

そうやって生きていく中で、大事なものって、

まずは、スキルがどうだとかじゃなく

もっと根源的なもの。

何を食べているかということだと、います。

他にもありますけども。

 

昨年、私が、住む区の忘年会があり、

行ってきたのですが、

 

出てきた料理が、一見中味は豪勢な、オードブル

エビフライ、ドンカツ、刺身など

だったのです。

 

もちろんお腹は、満たされました。

だけど、なんだか物足りないような

さみしい気分になりました。

 

こんなに豪勢なものを、いただけることを、

有り難いとは思っています。

そういう気持ちは、ちゃんとあります。

 

だけども、なんだか物足りないのです。

 

ところで、妻の美子が、創ってくれる料理は、

野菜をちょっと味付けしたおかずが、よくでてきますが

その味付けたるや、ひと工夫してあります。

 

ご飯に味噌汁に、そういったおかず一品と、

シンプルな内容の食事だけど、

おなかも、気持ちも、すごーく

満たされるのです。

 

そして、幸せな気持ちになる。

なんだろうこの感覚。

 

外食って、時々、むなしさや

物足りなさを感じます。

コンビニの弁当、おにぎり、サンドイッチ

ファミレスなど

どれも、満たされるのは腹だけです。

 

そして、それは、添加物その他もろもろを含んだ食品なんで、

まあ、今の私の作品制作をする、生活環境には

あまり、取り入れたくないものです。

 

 

 

家での食事は、まず、食事をする場所の安心感が

伴います。

 

もちろん、食材も、無農薬の野菜や米

それに無添加の調味料など、使うので、

そういった意味でも、気持ちが喜んでいます。

 

日々の生活における

家での食事の、時間って、ほんとに大事だなあ。

これがあるから、いい作品が、書けるし

生活に、張りが、出てきます。

 

ちなみに、私は、チーズや牛乳、マーガリンが、

嫌いで、どこかのマルシェに行ったときに

食べたビーガンのティラミスが

美味しいなあと感じました。

 

市販のクッキーなどは、

ちょっと、マーガリン臭くて

そういう味には、慣れてはいるものの

決して快くは感じていません。

 

ただ、マクロビとかに、そんなに凝ってはいませんん。

ジャンクなスナック菓子だって食べたりします。

 

だけども、ほんとに、自分の体にあうもの、

あわないものというのを、少しづつ感じているところです。

 

 

 

 

 

 

 

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2月の新たなるスタート

 

 

私は、1月31日まで、約一年勤めていたパートの仕事の

契約が、きれたのですが、

ありがたいことに2月から、すぐに新しい勤務先が見つかり

( しかも、自宅からご近所に! )

今、そこでお世話になっています。

 

全く経験のない仕事なので、

不安と、ワクワクが入り混じって

何とも言えない気持ちで、

2月を過ごしています。

 

私は、地道に、パートの仕事をしながら

自分の書きたい作品制作や、注文いただいた作品の制作を、

していこうと、決めたんで、

少々のことは、努力

というか、この努力という言葉

非常に重苦しくて、

そんなことを、思いながら過ごすと

楽しくなくなってしまうので

 

間違っているのかもしれないけど

もう少し楽しみながら

やって行こうと思っています。

 

もちろん、努力をすることが、悪いというわけじゃなくて

なんか、もっと気軽な気持ちでやらないと

うーん、なんだかね、と思うのです。

 

では、肝心な仕事内容を、お話しすると

何をするのかといえば、

老人施設のデイサービスで、ご老人方を

ご自宅から施設まで、送り迎えをするという仕事です。

 

必要なことは、

細かい道をおぼえること

ご老人方とコミュニケーションをとること

身体に軽い障害があるので介助をすること

 

はっきりいって、どれも未経験というか

どちらかといえばお得意では、ないことです。

 

僕のことを、よく知っている人は、

わかると思うのですが

まず、方向音痴で、道を覚えるのが苦手

人見知りするので、コミュニケーションが

得意とは、言えない。

介護の経験は、まったくなし。

 

 

だけども、一言で言えば

 

やればできる。

 

 

もう、それにつきます。

というか、それしかないんですね、これ。

 

私は、かつて、路上詩人をやっていました。

人としゃべるのが苦手で、

詩は書いていたけど、人の目をみて

その場で、詩を書く何てことやったことはない。

だけど、出来ないとは、思いませんでした。

やりたいから、何も考えずにやりました。

そしたら、出来てしまった。

気がつけば、それを十年以上続けて

それまでに、数えきれない人たちに

詩を書きました。

 

詩の書き方なんて、誰も教えてくれないけど

できてしまったんです。

 

なんか生きるってことは、

そういうことなんだなあと、思いました。

 

なんか、2月ってとにかく寒くて

動くのが嫌になる時期ですが、

今は、動いていたい。

 

パートの仕事も

作品制作も、

楽しんでやっていこう。

そんなことを、思う今日この頃です。

 

 

 

 

 

 

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ゴールデンウィークは、ちょっと汗ばむくらい

暑いという、イメージが、ありましたが、

なんか、ここ数日、寒々しい日々が、続いて

あれえ、こんなもんだったかなあ、今時期は?

なんて思っています。

 

今からする話は、私だけかもしれないので、

あまり、あてにならないのかもしれません。

ただ、この一年のなかで、

もっとも夜風が、気持ちいい時期というのが、

私のなかに、あるのです。

それは、いつぐらいの時期かというと、

 

五月の下旬くらいと、十月の最初くらい。

 

五月のその時期の、夜風は、

暑くもなく、涼しくもなく、ほんとうに気持ちいいのです。

 

十月などは、昼間は、まだまだ

夏の名残りの暑さが、微妙に残っている感じがするのですが

 

これが夜になると、ちょうどいいくらいの体感気温になり、

時折、気持ちのいいそよ風が、あたるのです。

 

 

 

 

この時期、いろいろな、モチベーションがあがるのも、

こういったことが、関係するんでしょうか?

 

 

もうほんとに、一年中こんな感じだったらどんなにいいだろう。

 

が、しかし、日本の四季のめりはり、これが、なくなるというのも、

どうかなあとも、思うのです。

 

一年中来る日も来る日も、

この五月や十月の夜のような、

ほどよい感じばかりが、続くと、

なんだか、気持ちがだらけていくような

気がするのです。

 

今から、寒い冬が来るぞ、

 

今から、暑い夏が来るぞ、

 

さあ、準備しなきゃ、というのが

なくなると、

日々の生活の、緊張感というのが

失われていくようで、

あんまり、そういうのも、よくないなあと。

 

日本の四季の、めりはり、

これは、大袈裟な言いかたを、するならば、

日本にしかない、最も重要な、感性を保つための

ものなんじゃないかあ、などど思います。

 

 

 

  
【夫婦でコラボブログ 】Brother Sun ∞ Sister Moon

 

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